ジャパンプロデューサーインタビュー
Vol.136 [首長] 久喜 邦康 秩父市長 「政治はすべての物事とつながっている」
市長になろうと思ったきっかけを教えてください。
最初から政治家になろうという考えはなく、もともとは15年ほど診療所をやっていました。
その経験の中で、医療が地方行政と大きく関わっていることに気づき、同時に医療と地方行政の結びつきには改善すべき点が多くあるのではないかと思いました。
例を挙げますと、救急医療などは不採算部門が多くあるため、行政から支援をしていかなくてはならないということです。他にも地方の医師不足という問題もあります。このような問題を考えた時に、私はまずしっかりとした政治が必要だと思いました。この時「患者 対 医師」という視点から「地域 対 私」という視点に広がっていきました。
ちょうどその頃、私の診療所も軌道に乗ってきていたため、地域のために役立てればと思い、市長に立候補しました。
市長としてのやりがいを教えてください。
「ダイナミック」という言葉が当てはまると思うのですが、様々な施策を行うことができるということと、それに対しての様々な結果がでるということです。
政治家は批判されることはあってもなかなか「よくやってるね」と褒められることがない職業です。ですが、人との会話の中でふとした時に、嬉しい言葉をかけられたときにやりがいを感じます。具体的に言いますと、私は秩父市のゴミ袋の値段を下げました。その後に、直接褒められることはなかなかないですが、「ゴミ袋安くなったね」という声が聞こえてきた時にはすごく嬉しいですね。
若年投票率の低下について市長の考えをお聞かせください。
確かに、最近は若者の投票率は下がってきている感じがしますね。マスコミの影響で若者の投票率が一時的に上がったという事実が過去にはあります。もちろん投票率が上がるのは良い面でもあります。ですが、マスコミの影響を受けすぎて当事者意識が薄れてしまうという問題もあります。私としては、地方政治はとても身近であり、自分の生活に大きく関係しているということを若者に対して訴えていきたいですね。
30年後の秩父市のビジョンをお聞かせください。
現在秩父市の人口は減少傾向にあります。30年後には賑やかなまちづくりを目指して、企業の誘致で雇用を増大し、人口を増やしていきたいです。また住む人達が安心して住みつづけることが出来るまちをつくるために、介護を中心とした医療面をより充実させていきたいです。お年寄りが安心して自宅で老後を迎えられたり、それができない人のためにはその施設を充実していきたいです。年をとっても安心して住み続けられる秩父市を目指していきます。
次に、「観光地として全国から注目される秩父市」を目指していきたいと思います。秩父市は、都心からのアクセスが良いので観光面でも多くの人に来てもらえる素地が整っています。埼玉県下でもトップになれる観光地を目指したいです。また30年後には交通もさらに発達していると思うので、外国人の方にも多く来ていただけるような秩父市ならではの文化を作っていきたいです。
環境については、電力自給化をしていきたいと思います。現在秩父市は太陽光発電を推進しているのですが、他にもゴミ発電・水力発電にも力を入れていきたいです。秩父市は四方を山に囲まれているため、自分たちで使う電気は自分の町で作るという姿を目指していきたいです。
若者へのメッセージをお願い致します。
先程も言いましたが、すべての物事には「政治」が関わっているという現状について関心を寄せて欲しいですね。選挙の投票率は低いですが、今の若者は物事に対してはすごく関心を持っており、自分なりの考えを持っていると思います。その意識を更に一歩先に進めてほしいと思います。私達の暮らしと行政との関わりあいはどうなのか、より具体的なことを知って欲しいと思います。
二つ目として私は、「歴史」はこれから日本を担っていく若者の道標であり、暗闇を照らす松明であると考えています。つまり、過去を学ぶと将来の道が拓けると思っています。ですから、若者には歴史をより詳しく学んで欲しいです。そのためには、本もたくさん読んで学んで欲しいですね。
昭和55年 日本医科大学医学部卒業
昭和63年 日本医科大学大学院卒業
同年 久喜医院を開業
平成15年 旧秩父市市長選挙に立候補
平成17年 再度、秩父市市長選挙に立候補
平成18年 一から出直しで、秩父市市議会議員に立候補し当選
医療並びに秩父郡市内4施設での老人福祉活動。
地域医療と政治活動を実践。
平成20年12月18日 21年の秩父市市長選挙に立候補予定のため議員辞職
平成21年 5月 1日で診療を休止
平成21年 5月 1日 第2代秩父市長に就任